【ライブレポ】邦楽維新Collaboration~富士・弓張の月~(朗読編)(12.09.22)

富士市・ロゼシアターにて行われた
「『邦楽使いの達魔』デーモン閣下 & 超豪華アーティストたちによる、
デーモン閣下の邦楽維新Collaboration~富士・弓張の月~」に行ってきました。
1年半前に震災で中止になった公演が、やっと上演されることになりました。
なお、この記事は「朗読編」です。
「歌唱編」はこちら→ http://but-again.at.webry.info/201209/article_16.html

画像


今回の朗読は浄瑠璃の「生写朝顔話」でした。
この内容がとても心に響き、いろいろ調べたくなりましたので、
「ライブレポ」とは別に記事に仕立ててみました。

当方、デーモン閣下ファンです。
今回上演された「生写朝顔話」をさらに掘り下げて知るために、
自分なりに調べた内容を記事にしましたが、邦楽や浄瑠璃に疎いため、
文中には知らぬゆえの間違い、勘違いなど多々あるかと思います。
あくまでも素人が調べた内容としてご理解・ご容赦頂ければ幸いです。
またこれを機にぜひ一度、浄瑠璃や歌舞伎版も見てみて、
より理解を深められればと思っています。



【会場・出演者データ】
●富士市ロゼシアターホームページ
http://rose-theatre.jp/
●デーモン閣下の邦楽維新Collaboration~富士・弓張の月~
http://rose-theatre.jp/event/info/demon2012_info.htm

【出演者】
・デーモン小暮閣下(朗読・歌唱)  http://www.demon-kogure.jp/
・田中悠美子(義太夫三味線)http://www.japanimprov.com/ytanaka/ytanakaj/index.html
・竹内早苗(浄瑠璃)
・外山香(箏)http://jukumitsuhashi.music.coocan.jp/toyamakaori/
・三橋貴風(尺八)http://jukumitsuhashi.music.coocan.jp/kifu/
(黒船バンドは第二部にて登場)



●あらすじ&ムービーの段:阿波人形浄瑠璃の世界
http://www.joruri.info/movie/06.html

人形浄瑠璃文楽 サイト内 http://www.lares.dti.ne.jp/bunraku/index.html
●人形浄瑠璃 文楽|演目の紹介|演目の分類(時代物)|生写朝顔話
http://www.lares.dti.ne.jp/bunraku/guidance/top_asa.html

氷川きよしさんの「あばよ」という曲のカップリングに
「朝顔日記」というのがあるようですが、内容は関係ないようです(シャレに非ず)
●朝顔日記 - 氷川きよし - 歌詞 : 歌ネット
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=54878
●日本コロムビア | 氷川きよし(試聴あり)
http://columbia.jp/artist-info/hikawa/COCP-34503-4.html

詳しいあらすじは上記リンク先で書かれているので、ここでは私流にサクッと。

蛍狩りをしていた深雪の元に「露の干ぬ間の朝顔」の歌の書かれた紙が飛んできた。
その方向にいた男性=宮城阿曽次郎と深雪は一目で恋に落ちる。
でも二人の恋はすれ違いを繰り返し実らないまま、深雪は駒沢次郎左衛門という男と、
お見合いをさせられることになる。
阿曽次郎を忘れられない深雪は家出して、「露の干ぬ間の朝顔」を琴でひき謡いながら、
「朝顔」と名乗って阿曽次郎を探す旅に出る。その旅の途中で失明してしまう。
しかしその見合い相手の駒沢次郎左衛門こそが養子に行って名前が代わった阿曽次郎。
運命に奔走されながらある時二人は客と謡い手として再会。
しかし阿曽次郎は深雪に気づくも目の見えない深雪には判らない。
阿曽次郎も使命を負った身分の手前正体を明かせず、
宿屋の主人に朝顔の扇子と目の薬を預け、自分の正体を伝えるように頼みつつ出立する。
一足遅れで追いかける深雪。しかし大井川の川留め(増水に寄る渡航禁止)で引き裂かれる。

・・・このあとの展開が、ネット上で調べただけではよく判らないのです。
ハッピーエンドになったとする記事もあれば、その悲恋のまま終わるという物も。
おそらく原典の「蕣(あさがお)」からいろんな脚色版が派生しているのでは。
あまりの悲恋に「せめて最後は幸せになってほしい」と脚色されたとしても納得です。



もとは江戸時代の浄瑠璃作家・講釈師の司馬芝叟(芝屋芝叟とする文献もあり)が作った、
長編「蕣(あさがお)」をが原典。
それがさらに
 ・山田案山子によって浄瑠璃「生写朝顔話」
 ・奈河春助によって歌舞伎「傾城筑紫琴」
 ・歌舞伎「生写朝顔日記」
などと脚色を加えられ現代に伝え上演されている作品の俗称として、
「朝顔日記」と今に伝えられているそうです。


ちなみに、作品の中に出てくる阿曽次郎が深雪に送った歌。

「露の干ぬ間の朝顔を照らす日陰のつれなさに哀れ一むらの雨のはらはらと降れかし」

これはもともとは陽明学者の熊沢蕃山が作った小唄。
●熊沢蕃山 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E6%B2%A2%E8%95%83%E5%B1%B1
作中の宮城阿曽次郎=駒沢次郎左衛門は、蕃山自身がモデルと言われているそうです。

そして深雪のモデルとなったのは、清水舟手奉行だった旗本山下周勝の妻・久という女性。
久はもともと延岡藩主の娘で、幼少の頃からお家騒動に巻き込まれあちこち幼女に行ったり、
筝を奏でて生計を立てつつ、浜松に辿り着き山下周勝と結婚し清水で没した。
そんな久のお墓が清水市内の法岸寺にあります(法名:正廣院殿永安種慶大姉)
顕光院トップページ サイト内 http://shizuoka-kenkouin.com/index.html
●紫雲山 法岸寺 http://shizuoka-kenkouin.com/jizou79houganji.html
ここには「朝顔日記深雪の墓」とも書かれているそうです。

静岡県島田市には、深雪が辿り着いた大井川の渡しである場所「朝顔の松」があります
●朝顔の松(島田市)http://sizutabi.zouri.jp/simada/matu.html
「え。昨日の閣下の朗読では、最初に見たのが弓張月と朝顔だったのでは」
そんな事を言い出したら、そもそも深雪は架空の人物なので「朝顔の松」の存在自体(略



「露の干ぬ間の朝顔を照らす日陰のつれなさに哀れ一むらの雨のはらはらと降れかし」

実は少し違和感を感じていました。
一途に阿曽次郎を思い続ける深雪の「強さ」と、朝顔の「儚さ」
そこに共通項を見出せなかったのです。なんか不釣合い。
でもこうしてあれこれ調べていて、私の中でイメージがまとまってきました。

阿曽次郎が日の光のように優しさを注ぐほどに、悲しい運命に翻弄されてしまう深雪。
それはまるで、強い夏の日差しが差すほどにしおれてしまう咲きかけた早朝の朝顔。
その儚い姿が二人の悲恋を表すようです。
それでいて、いつも蕾を東の方向に向けて凛としている朝顔の蕾の姿には、
深雪の愛の一途さや強さを思わせるものがあるのです。

そして深雪は朝顔のようだと思えてくると同時に、
「哀れ一むらの雨のはらはらと降れかし」
優しい雨(幸せや安らぎ)がそっと降り注げばいいのにな、
と深雪に思いを馳せたくもなってくるのです。

司馬芝叟が、熊沢蕃山の作った小唄からイメージを広げ、
山下周勝の妻・久の数奇な人生と絡めてこの悲恋を作り上げたのでしょう。
それは今の時代の私たちの心にも深く響きます。
人を恋い慕う強い思い。人は一人では生きていけないという諭し。
逆らえない運命。それでも運命に立ち向かう強い意志。
それらは時代を超えて繰り返され、伝えられていく物だと感じられました。
今の時代にも十分通用する、不変の悲恋の物語だと思います。



今回の朗読劇としての印象としては。

もちろん閣下の朗読や三橋さんたちの演奏も素晴らしかったのですが、
何よりも私の心に突き刺さるように残ったのは、浄瑠璃の竹本早苗さんが演じる、
深雪が大井川に辿り着いたものの川留めに遭い、川越たちに向かって
「駒沢次郎佐衛門様というお侍はもう川をお越しなされましたか」
と叫ぶシーン。

切なく強く悲しく、まさに悲壮。
あまりの壮絶なシーンに泣きそうになってしまいました。
それでなくても「邦楽」というとなんとなく静かにおっとりと演じる印象だったのが、
ここまで激しく強く愛を叫ぶ物があるのかと、初めて知りました。
浄瑠璃だからこそこういう演じ方が出来るのかもしれません。
今まで殆ど興味がなく、見たりしたこともなかったのですが、
今回の竹本さんの熱演に触れて、俄然浄瑠璃も見てみたくなりました。

逆に言うと(汗)
あまりにもこの大井川のシーンのインパクトが強すぎて、
実は朗読劇全体の記憶が曖昧なのです。

実はもうひとつ記憶が曖昧になってしまった理由がありまして。
今回の朗読劇の内容を、とある他の作品と予測していたのですが大ハズレで(汗)
「えー!あの作品じゃないんだ!」というショックが結構グルグルとあってw
だって都合2年近く「あの作品をやるんだろう」と思い続けていたんですから(自業自得)
最初の方はあまりの事にぼんやりしてちゃんと聞けなかったというのも要因のひとつ。

閣下のいつものおちゃらけ的な部分もたくさんありました。
阿曽次郎と深雪が結ばれるシーンのエロエロな吐息とかw
笑い薬を入れたお茶を飲まされたシーンのおかしさとか。
それこそ浄瑠璃で「チャリ」と呼ばれる喜劇的なシーンとしてのエッセンスもあり、
途中での尺八、筝、太棹の演奏も見事だったのですが、

・・・いやでも今回ばかりは、私は竹本さんにノックアウトです、マジで。

なので、閣下ファンとしての今作の感想記事としては、
なんだか閣下そっちのけのような内容になってしまいました。
他意はもちろんありません。
むしろ「邦楽の普及」というのが邦楽維新Collaborationの趣旨ならば、
私にとっては新しい興味の扉がひとつ開けたという意味で、
その思惑通りの内容だったと言えるでしょう。

まあ、閣下は他の部分でも大活躍でしたから♪
それは別記事で書きます。

素敵な作品に出会えました。
美しく、強く、儚い悲恋に、心を打たれました。
ありがとうございました。